母の日、複雑な思いの人、いますか?

今日は母の日ですね。


私は、母が生前の頃から、

欠かさず、カーネーションを贈ってはいたけど、

素直に感謝できなかった頃もありました。


母とはいろいろあり、

一緒に暮らせた期間も7年ほど。

基本的には祖父母のもとで育ちました。


わがままな人だったけど、まっすぐで、

夢に向かってまっしぐらで。

恋多き人でもあり、

ある意味、とても純粋な人だった。


タンゴ教室の先生をしていたり、

新聞に連載小説を書いていたり、

芸術的なことが好きで、


なにかと華やかな人だったから、

亡くなったときには、泣いてくださった方も多い。


しかし、ある種、奔放な人なので、

一緒に暮らすこともできなかったし、

娘としては、さみしい思いをして育ちました。


母が亡くなってから、実家の部屋の片付けをしていたら、

母がメモ用紙に書きなぐった、

私への手紙の下書き? と思えるようなものを発見した。


「私は良い母親ではありませんでした。

 あなたには、幼い頃に、随分とさみしい思いをさせましたね。

 (中略)

 でも、もしも、この世に生まれてきて良かった、と少しでも思うなら、

 あなたをこの世に産み落とした私に、感謝してください」


謝っているのか、なんだか、良くわからないけど(笑)

それを読んだ私は、ボロボロと、泣けて泣けてしかたなかった。


オッケー、ママ。

人生はいろいろなことがあって、

良いことばかりではないけど、幸せなことの方がたくさんある。

私は生まれてきて良かったよ。


だから、ママに、感謝する。

「お母さん、ありがとう。」


私を産んでくれて、ありがとう。

それが、私の母の日。


よく「トラウマ」という話をしますよね。

どんな素人でも知った話。


親子の関係がどうだったから、

愛されて育ったからとか、そうでなかったからとか、

片親だったからどうとか。


「あの人は、〇〇な家庭で育ったから、✕✕なのよ」

とふつうに言う人がいるけど、

私は苦笑いしながら、複雑な思いで聞いていたりする。


もちろん、養育環境がいかに大きな影響を及ぼすかなんて、

わかるよ、わかるけれどもさ。


本人に、なんの責任もないことで、

そんな風に言われているなんて、気の毒としか思えない。

しかも、ただの憶測で。


同じような環境で育っても、

堕ちている人もいれば、強く生きて人を助けている人もいる。


そういう精神分析は、

自分自身のことだけにしておいてほしい。


近年、流行りのアドラー理論では、

「トラウマ」理論を真っ二つに一刀両断しています。


たとえば、

自分が幼い頃どう育てられたから、消極的になった。という話を

アドラーは、

「消極的でいたいから、幼い頃のせいだと理由をつけているだけ」

端的に言えばそういう発想。


潔くて私は好き。

自分の性格も、自分がしたことも、自分の運命も、

たとえ、誰かに何かをされて傷ついたとしても、


傷ついた自分の心の持ち方ですら、

全部、自分の責任だと言い切って生きていける人に、

私はなりたいな、と思う。 


(願望ね、願望)

ライティング・コンサルタントの視点から

杉浦由佳  ライティング・コンサルタント。コピーライターとして独立して15年。書くための発想法、訴求力のある文章術などを中心に、仕事現場や日常のことなど、とりとめなく書いています。トレンド誌やビジネス誌のコラム広告のほか、企業のプロモーション支援・ブランディングに携わる一方、元ITエンジニアの杵柄で「情報セキュリティ」の連載記事なども執筆。「稼げるライターのためのライティング講座」 講師。

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